映画『運動靴と赤い金魚』│編んでます!

2009年12月06日

夫の寝言シリーズ

私も毎度、寝ぼけた状態で聞くために
その時は大笑いするんだけど、二度寝すると大概忘れてしまっている
夫の爆笑寝言シリーズ。

今日は覚えていたので、どうぞ↓↓↓。






「もぉ〜〜〜〜いやんなっちゃう・・・・・・・・・



(間)



 小学生のくせに、携帯持って・・・・・・・・・・」






・・・・・・毎度のこと、
「起きてるんじゃないか」と思うほどのはっきりした滑舌の上に
今回は実に具体的な社会批判。



しかし、「いやんなっちゃう」・・・って・・・。

そんなにイヤか。小学生が携帯・・・。


一体どんな夢だったんだ・・・( ̄∇ ̄;)???

kappa_ginga at 17:21│Comments(6)│あれこれ 

この記事へのコメント

1. Posted by tac   2009年12月06日 21:42
我が家もカツゼツの良い寝言をカマす者が約2名いま

す。

1人目は私です。

私は10代の頃、

「アイスクリームに竹輪かよ〜〜〜」と云う

相当、意味不明な寝言をカマし、兄貴達を2人まとめて

笑い死に寸前まで追い込んだ経験があります。

2人目は娘です。

先日、私の誕生日の夜に彼女が発した寝言は・・・

「(ギャ〜〜という雄叫び後)パパ、いらない!」

でした。

寝言は人を落ち込ませる時もある様です。

あ、そう言えば私もハタチそこそこの時、その場に
 
居ない女性の名を言ってしまい、朝まで説教された事が

あります。

色んな思ひ出が走馬灯の様に蘇って来てしまい、長く

なりそうなのでとりあえずこの辺で失礼します。

つか、いつも楽しいブログありがとうございます。

かなり頻繁にチェケナウさせて頂いておりやすんで、

これからも宜しくお願いしやす。

2. Posted by 雑記帳主   2009年12月07日 17:38
がははは!!そう、そうなんです!

ヒトの寝言も、まだ爆笑させてくれるうちはいいんですが
そのうち「・・・んん??なぬ!?」ということまでしゃべりだすんじゃないか、
と思うと
寝言チェックも、うかうか寝ぼけてる場合じゃありません(爆)。

それにしても誕生日に夜に・・・あぁ娘ちゃま・・・( ̄∇ ̄;)。。合掌。。。


いやいやそれにしてもtacさん
いつも遊びにきてくださってるようで、ありがとございやすっ(*^o^*)

私もtacさんのブログにはよくお邪魔してるんですよ〜。
微笑ましい七五三模様や
浅草のお話にはうむむ・・・とこちらも考えさせられたし
tacさんのお部屋こそ、本当に楽しく拝見させてもらってます。

あ、湯沢は私のスキー人生のバックグラウンドかもしれません(笑)。

恐らく幼少時のスキーデビューは、一本杉だったか布場だったかです(^^)。
あの頃の湯沢は、今よりもっと「The温泉街」な情緒や活気があって
・・・あぁ〜なんだかじんわり懐かしいなあ〜♪

幼児期の「スキー=湯沢」の擦りこみのせいですね
今でも「越後湯沢」と聞くと、なんだか胸の奥がキュンとします・・・(*^-^*)

ルーデンスには行ったことないな〜。
できたばっかりの神立にはよく行きましたけど
最近はあのあたりだと、田代・かぐらばっかりなので
久々に湯沢荒らし(^0^)してみるのも面白いかも♪

な〜んて!そんなこんなのうちに・・・もうシーズンですね〜!!
ついこないだまでワイキキに浮いてたのにぃ・・・(゚∇゚|||)
3. Posted by たたた   2009年12月09日 21:12
湯沢や土樽といった名前を聞いても「スキー場」
ではなく「天カメ」や「サテ」が
思い浮かぶようになってしまった今日この頃… (ToT)
4. Posted by 雑記帳主   2009年12月10日 19:16
たはは・・・!
苗場だとTBSか〜、草津・天狗山はおぉフジだね〜なんてねぇ・・・
かるく職業病ですねぇ〜( ̄∇ ̄;)

天カメといえば全然関係ない話ですが・・・
スキー部の夏合宿、例の三羽烏で三重・鳥羽のホテルに泊まった時
朝、窓から眺めてた鳥羽港の景色そのまんまが、まさにその時TVの画面に!!

そのホテルの屋上に、NHKの天カメついてました(笑)。
5. Posted by ヨウスケ   2009年12月13日 01:56
越後湯沢と聞いていろいろと。

【湯沢高原】
http://www.asahi-net.or.jp/~gt9y-kuc/yuzawa
越後湯沢の思い出を語るうえで外せないのが
この、俊明(父)会心の一枚。
溢れる家族愛を望遠レンズで見事射抜いた秀作です。
揃いの手編みスパッツが懐かしいねえ。雪の結晶模様の。
あーやっぱり編み物趣味は遺伝なんでしょうな。
その証拠にホラ、母娘がまったく同じ眼をしてる(笑)
ところで坊やは何か嫌なことでもあったのでしょうか(笑)


【国境のトンネルを・・・】
http://www.asahi-net.or.jp/~gt9y-kuc/toki1979
我が家の旅の足といえば大抵マイカー(ミニカF4)だったけど、
関越道が東松山まで(!)しか開通していなかった時代、
越後湯沢への旅は、数少ない「列車の旅」でもありましたね。
なもんで幼心には「とっきゅうれっしゃ」イコール「とき」だった訳で、
「ブルートレイン」よりも「しんかんせん(父よすまぬ)」よりも、
親しみのある存在だったのですよ。

アーモンドチョコ。(笑)


【リバイバル】
http://www.asahi-net.or.jp/~gt9y-kuc/toki2009
81年の上越新幹線開業とともに姿を消した「とき」。
実は今日(12月12日)、臨時のリバイバル運転がありまして、
ええ。懐かしさのあまり撮ってきましたよ。群馬くんだりまで行って(笑)
車も良いけど、たまにはゆっくり汽車の旅でもしてみたいもんですなあ。


ちょっと話が"鉄"寄りに逸れたが(遺伝?)
要は湯沢の場合、行き帰りの道中とか、町の雰囲気とかといった、
むしろスキー以外の思い出が強かったりするわけで、
これこそが単なるスキーリゾートを超えた
この町の魅力だったんだろうねえ。

6. Posted by 雑記帳主   2009年12月13日 17:21
そうだね。湯沢、といえばこの時期のイメージなのかも。

やはり私にとっても、特急=「とき」なわけで(笑)
「とき」のあの時の車内の様子とか
車窓の雪景色の風景(「前田のクラッカー」の看板とか)が
今でも時たま、ふいにフラッシュバックすることがあるのです。
それぐらい北国・湯沢行きの列車旅というのは魅力があった。
あの時の、ある瞬間の感情、景色、列車や駅や雪の匂いetc・・・が
驚くくらいに鮮明に、沸々と蘇ってくる。(←笹団子の匂い、必須)
その道程の終着地・越後湯沢に今、
なんともいえない郷愁を感じるのも当然なのかもしれないね。

国鉄保養所の苗場荘・・・なんか無性に泊まってみたくなってきた。。。

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